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4.コラム2023.12.26

【ピープル経営層の「転機と選択」】できる・できないではなく、やる・やらないを大切にし、つながりから新たな可能性(機会)に恐れず挑む―“ピープル”に感じた可能性とは(執行役員:藤本典男)


こんにちは!ピープルソフトウェア広報チームです。

本記事では、ピープルの経営者に対して、これまでの人生やキャリアにおける「転機と選択」についてインタビューしていきます。今回話を伺ったのは、コラボレーション事業・DS事業・デジタル戦略事業領域の執行役員である藤本典男(ふじもと のりお)さんです。

藤本さんはピープルに新卒で入社し、26年が経ちます。キャリアを重ねるなかで「ピープルでやっていく」決断を続け、2022年8月に執行役員となりました。

その背景で、どのような「転機と選択」をしてきたのでしょうか。


藤本さんのプロフィール

  • 大学卒業後、ピープルソフトウェアに入社。大手ベンダーのSI、プロダクト開発などに従事。プロダクト開発では、企画・検討、要件定義~保守やPM、拡販などにも幅を広げ、早くから「お客様と対話する」ポジションにチェンジ。
  • 2008年には活動拠点を東京に移し、内よりも外との接点拡大の加速を図る。内外双方の客観的な目線を活かした価値の探求やビジネス推進をリード。
  • 2022年8月、執行役員に就任。既存深化、新規探求双方の事業領域を担当し、その中でもコラボレーションによる新規探求を目指す領域に注力。
  • 異なる専門性を持つ組織や人との協業を促進し、ビジネス変革と価値の最大化に向けたつながりを機会に変える 取り組みを推進中。また、経営にも携わり、方針の検討や事業執行の横断的な指示・統括も担う。


ビジネス変革と価値の最大化を目指した協業の促進



―現在はどのような仕事をしていますか?


コラボレーション事業領域、DS(デジタル・ソリューション)事業領域、デジタル戦略領域の執行役員をしています。

既存深化、新規探求の双方に絡んでいますが、特に注力しているのは、コラボレーションによる新規探求です。異なる専門性を持つ組織や人との協業を促進し、ビジネス変革と価値の最大化に向けた取り組みを推進していく役割です。また、経営方針に従い事業執行を横断的に指示・統括するポジションでもあると考えています。

IT業界ということもあり、物事をデジタルに、白黒ハッキリさせた捉え方をしがちに見られやすいかもしれませんが、私はあえてアナログというか「曖昧にとらえる」ようにしています。雑談含め、入って来た情報をただそのまま捉えるのではなく、他の情報と掛け合わせた考え方や視点の違う可能性がないかを探るように心がけています。執行役員だからというわけではないですが、これも仕事として大切にしています。


ピープルには新卒で入社したと聞きました。最初はどのような思いでキャリアをスタートしましたか


子どもの頃にパソコンが流通し始めて、たまたまITに触れる機会がありました。特別強い思いがあるというよりは、自然な流れで「ITを仕事にできたら面白そうだな」と思い、情報系の大学に進学しました。また地元・岡山で就職したい思いがあり、縁あってピープルに入社したのが経緯です。

新卒の頃は岡山で働くことを重視していましたが、今は東京に移って15年が経ちます。「やりたいこと・やらなければならないことを叶えられる最適な手段の一つ」と考え、東京を拠点にしました。


真に誇れる価値を提供していきたい



これまでの藤本さんの人生やキャリアにおいて、転機となった選択を教えてください


当社では珍しい部類だったかもしれませんが、受託事業が主だったわりに、早くから直接お客様と対話ができるポジションで仕事ができた点です。

当時は、大手ベンダーからの受託事業ということもあり、指示された内容に従い開発するという領域が主でした。開発したモノがお客様の期待する価値を出せているのか、お客様の課題は何だったのかなどをもっと直接に感じたいという欲求が、経験を重ねるごとに強まっていきました。

こうした背景から、要件定義や設計など、直接お客様と対話できるポジションで仕事をさせてほしいと大手ベンダーの方にご相談の申し入れを行っていました。ご相談の結果、ステークホルダーの方々のご理解を賜り、社内よりも社外、開発という手段よりも、目的としてのお客様の課題解決やその価値に直接触れることができるようになったことが転機だったと思っています。

転機のタイミングで、仕事の進め方で裁量ももらっていたので、正解が分からないことや、やったことがないことに自ら挑戦させてもらえていました。挑戦には責任も伴いますが、やり遂げるためにどうするか、考えることを楽しんでいるような日々でしたね。



社外に出ていくことに不安はなかったのですか


私としては未開拓な領域を進むことが多かったので、当然不安だし、怖かったですよ。でも、それ以上にワクワクしていましたね。様々な経験を経ていくなかで、敷かれたレールを歩くより、レールを敷いていくことの面白さややりがいを感じていました。

子どもの頃に何度も転んで痛い目に遭いながらも、自転車に乗れた先に広がる世界に憧れて、チャレンジしていた感覚に少し似ているのかもしれません……。

また、同年代同士で異なる強みを有し、同じ目線で切磋琢磨できる仲間である横道さん(現社長)・髙本さん(現執行役員)がいた点も大きかったと思います。私を含めた3人とも、お互いを面倒くさいヤツだと感じていたと思います。しかし、お互いにやりたいことやこだわりなど、芯があるから面倒くさいということを知っており、互いを尊重していました。

横道さんは、私が動きやすいように支えてくれたり、髙本さんは、私が安心して社外に攻めていけるように社内を守ってくれたりといった感じでしたね。事業に対する思いを同じくしながら、それぞれの持ち場で力を尽くす、そんな関係性のなかで仕事できることが楽しかったし、もっとがんばりたいと思いながら仕事していました。

3人で話すことも多く、熱量が徐々に大きくなっていたのか、周りからは喧嘩をしているように見えたこともあったみたいで(笑)。そのくらい、仲間と仕事できるのは自分のレベルやステージの向上に繋がっていたし、仕事のモチベーションを保つ理由にもなっていました。



他にも「転機と選択」はありましたか


ピープルでやっていくと改めて決めたことや、東京に移ったことです。

今だから言える話ですが、当時は積極的に社外へ出て行っていたことから、「うちで働かない?」とオファーをいただくこともありました。いただいた手前、いったんは検討してみたものの、オファーを受けるよりは、オファーをくださった方から頼られるような会社に成長させていく方がより楽しいかなと思い、ピープルでやっていくと選択をしました。

そして仕事を続けるなかで、ビジネスの中心が東京であることや、様々な刺激が東京には多いことを理由に、拠点を東京に移すことを選択しました。実は岡山に家を買っていたのですが、売って東京に行きました。

東京を検討していた当時は、これから自分がやりたいことや、ピープルが成長するために必要なことと「東京でビジネスをする」ことが、切っても切り離せないと分かったんです。今思えばよく決断したなと思いますが、家族と相談して、東京に移ることにしました。多分、真剣に取り組むために自分としては必要なことだったんだと思います。賛同してくれた家族には今でも感謝しています。

最近では、 WeWork への東京オフィス移転も、私にとっては現在進行形で様々な契機を生んでくれています。こうした契機の中で、多くの決断をして出会った人との繋がりは、今でも大きな財産です。


入社からピープル一筋の藤本さん。「ピープルでやっていく」と思えた理由は何でしょう


シンプルに、ピープルという会社と、一緒に働く人が好きだからだと思います。また、内よりも外と接することが多く、裁量を持って様々な会社や人と一緒に仕事をしていた点も大きかったからだとも思っています。

一緒に働く人の中でも特に横道さんと髙本さんとの絆は強く感じてますね。先ほどの「ピープルでやっていく」と決断した理由にも関わりますが、三人で力を合わせれば様々なことに挑戦していけると感じてます。

その後、同じような感覚を持てる仲間はさらに増えています。仲間の姿を見ていると、ピープルでやってきて、こんな仲間と出会えてよかったと感じています。共通するのは、まずはやってみようという「フッ軽」(フットワーク軽く)ですね。フッ軽で社内を改革し、社外とも接点を増やしていく、裁量をふるって会社とともに成長しているような実感があります。これからも会社を飛躍させて、他社から羨ましがられるような状況を作りたいと考えています。


目的達成の手段として、フィールドを変える



客先へ足を運んだり、拠点を東京に移したりと「フィールドを変える」ことでキャリアを重ねてきたのですね。


「目的を達成するための手段として、使えるものは使う」を意識していたと思います。だからこそ、フィールドを変えることをはじめ、チャンスがあったら何とかして掴もうとしてきたのは大きかったです。

例えば、大きな企業から要件定義の依頼をいただいた時、結果的に他の誰でもなく私が担当したことがありました。やる意義を考えた時に、リスクはあっても「やる」ことを決断した結果です。うまくいかないこともありますが、それも自分の責任として受け入れて、前に進む覚悟は持っていたと思います。

2022年には執行役員になりましたが、出世したい気持ちが強かったわけではなく、目的を達成するための手段として選んだ結果でした。社員よりは部長、部長よりは役員と、役職が上がると、裁量が大きくなり、できることが増えます。会社としても個人としても、やりたいことに挑戦するために必要なツールの一つだと考え、執行役員になろうと決断できました。

「裁量が大きい」とは、いわゆる自由度が高い状態です。自由には、責任と覚悟が伴います。覚悟を持って仕事に向き合えるようなマインドを社内で育てていくことも、今後の私のミッションだと感じています。


まさに覚悟を持って、道を切り拓いていた藤本さん。自らが描く「リーダー像」はあるのでしょうか。


要素の一つだと思っていることですが、技術はとても大切です。しかし技術はあくまでも術であり、その術を駆使して何を成すかが大切です。できる/できないではなく、何を成すか、それを成すために何をやるかというマインドを持ったうえで、行動できる人が私にとっての「リーダー像」だと思っています。

そのうえで、いろんな覚悟(失敗を恐れず任せる覚悟、社内外問わず衝突を恐れず真摯に向き合う覚悟、守りすぎない覚悟など)を持って、臨む(決断・行動する)ことができる人だとも思っています。


可能性を探求し、挑戦し続ける文化への変革を



―今後の目標を教えてください。

今は、ピープルが次のフィールドへ進むために「2050ビジョン」を掲げて施策を展開しています。これは約30年後に向けて、ピープルがどうありたいかを示しているものです。約30年後の主役は私たちではなく、今の若い世代です。若い世代が活躍できるよう足場を作るだけではなく、自走できる力を一緒に醸成していくのが私をはじめ、今の役員たちの役割だと思っています。

こうした背景から組織文化の変革にも取り組んでおり、今まで以上に組織を変えるチャレンジをしています。正解がないなかで、人事制度の変更や組織替えなどを起点に、ピープルという会社だけではなく、繋がる会社や人々の価値を高めていくような挑戦を続けていきたいです。そのためにも「できない」で思考を止めるのではなく、やるためにどうするかを常に考え、行動していくことを大切にしています。

繰り返しになってしまいますが、昨今、デジタルが当たり前の時代になっているなかで、あえて「曖昧にとらえる」ことで、より大きな可能性に気づき、新たな価値の探求から社会実装へ繋げる取り組みとなればと考えています。これにより、様々な人に様々な彩りを届けられるピープルに成長していきたいです。


おわりに


―次回は山本博昭さん(執行役員 経営推進本部 本部長)に話を伺う予定です。山本さんはどんな人ですか?


山本さんは客観的な視点や知見を社内に入れてくれた人です。山本さんのエンジニアとは違う目線は、今のピープルにとってますます重要になっています。組織編成やビジネスモデルの改革を視野に入れ、チャレンジを続けるなかで、「今は何が大切か」を認識しながら、攻めと守りの姿勢を社内に推進してもらっています。貴重な相方ですし、一緒に仕事ができてよかったなと思う一人です。


以上、【ピープル経営者の「転機と選択」】藤本さん編でした。


撮影場所: WeWork 日比谷 FORT TOWER

※本記事の内容は掲載日時点での情報です。



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